1980年からプログラマしています

どうしてプログラマすることになったか書いています。過去日記です。

JCGL デバイスドライバのテスト(198X年)

 テスト当日、マシンルームにいるのは、自分と上司のH氏だけになった。

 VAX11/780をシャットダウンするため、TTYコンソールから、haltコマンドを入力。文字をタイプする度、打ち込んだコマンドがガシャガシャとプリンタに印刷される。システムが止まったら、ハードディスクの電源を切る。次に本体のVAX11/780の電源を切る。マシンルームが静かになった。

 次にディスクパックを引き抜いてケースに入れ、新しいディスクパックをケースから取り出してに入れ替える。この新しいディスクパックには、H氏によってあらかじめUNIX4.2BSDがインストールされていた。H氏はフレームバッファデバイスドライバを書いていた。

 電源を入れて、ブート後、カラーフィルムレコーダのドライバのテストプログラムをテープ装置から戻して、所定のフォルダにコピー、再起動した。

 いよいよ緊張の瞬間。

 カラーフィルムレコーダをオープンしてクローズするという簡単なアプリケーションを起動させた。しかしプログラムは、bus errorでcore dumpして異常終了した。

何度かやっても同じだった。

 最も単純なオープン、クローズが出来ないということは、デバイスドライバが動いていないということであった。どこかで間違っている。

 

参考 TTYコンソール 風見鶏の部屋のホームページより

 

参考 磁気ディスクパック  電気通信大学のホームページより