1980年からプログラマしています

どうしてプログラマすることになったか書いています。過去日記です。

プラス・ワン 建築家 安藤忠雄(198X年)

  時はバブル期である。ポストモダンの建築物が次々に立てられていた。その中で、安藤忠雄氏は、ひときわカッコいいと評判のコンクリート打ちっぱなしの建築家だった。

 次の仕事で、安藤忠雄氏の提案する大阪の中之島公会堂の保存計画案のイメージのアニメーションを作ることになった。歴史的な中之島公会堂の外観はそのままにして、内部に玉子型のホール、アーバンエッグを作るというのである。人間が正確なパースを描くことは不可能な立体だった。

 ここで澤井さんより1つ指令が出た。安藤忠雄氏のドローイングが素晴らしいので、何とか建築モデルと一緒に表示したいという。

 当時のHPのグラフィック・エンジンTurboSRXは、テクスチャマッピングができなかった。ソフトウェアで計算する方法では、数分ものCGアニメーションのレンダリングに、予算もコストも間に合いそうになかった。

 まず、ドローイングをドラムスキャナーで取り込んで画像ファイルにしてもらった。レンダリング時に、画像ファイルを読みだしてメモリに入れ、画素のRGB値を読みだして、微小な四角いポリゴンを格子状に大量に生成して、画素の色をポリゴンカラーとして塗った。要するに1ピクセルを1ポリゴンにしてレンダリングしたのである。

 試しにレンダリングして見ると、細かいポリゴンをびっしりと格子状にレンダリングして行く様子が見えた。そして安藤忠雄氏のドローイングが見事にテクスチャマッピング風に表示された。

 アニメーションをした時に、模様が流れないか心配だったが、通常のテクスチャマッピングとは違うので、その心配はなかった。充分鑑賞に堪えるテクスチャマッピングだった。

 ただ裏面は作っていなかったので、カメラが回り込みをした時に見えなくなるが、アニメーション的には何も問題がなかった。澤井さんからもOKをもらった。

 

参考 アーバンエッグ・ドローイング ときの忘れものより